真宗佛光寺派 本山佛光寺

家族の絆を考える

定まる方向

見つめ合うことの<エゴ>

結婚披露宴のスピーチ等でよく引用される、フランスの作家、サン・テグジュペリのことばがあります。

 「結婚生活とは、互いに見つめ合うことではなく、共に一つの方向を見て歩むことである。」

 確かに、見つめ合うだけでは、婚約期の熱も次第に色褪せやがてはあらさがしになりかねないでしょう。相手を知ることは大切ですが、それだけでは、かえって狭い世界に閉じこもっていくのが人間。なぜなら人間は、自分のエゴに相手を合わせようとする生き物だからです。そしてそのエゴに、私たちはなかなか気づこうとしません。

 けれども気づかぬ限り、共に一つの方向には歩めません。

 

自己を対象化する

 歌舞伎役者で平成中村座座長の中村勘三郎さん。平成19年は新作歌舞伎「舌切り雀」を発表されましたが、その上演の一部を同年暮れのNHKで観ました。

 勘三郎さん紛するのは、玉婆という名のいじわる婆さん。糊をまだ舐めてもいないのに「そのオソレあり、疑わしきは先制攻撃だ!」と早々に雀の舌を切ってしまう悪婆ぶり。

 そして終幕に近く、大きなつづらを貰って家まで持ち帰るのも重くて待ち切れず、例によって竹薮の中でつづらを開けてしまった玉婆。なんと中から現れたのはお化け妖怪の類ではなく、勘三郎さん演じる玉婆そっくりの、もう一人の自分だったのです。

 つづらから出てきた<自分>を見て、思わず腰を抜かして叫んだ玉婆のセリフが「鬼だあ~ッ!」

 

<鬼>に気づいて<人間>となる

 衝撃の演出でした。私たちは自分の真の姿を眼前に見せつけられて、果たして「鬼だ」といえるでしょうか。深い暗示と問題意識を投げかけた舞台でありました。

 そして、とても<真宗>的でした。

 親鸞聖人に「悪性さらにやめがたし こころは蛇蠍のごとくなり…」のご和讃があります。この蛇蠍も<鬼>と同義語でしょう。私たちが無意識にせよ自分に蓋をしている本性の部分、それをみずからひっぺがし、引き裂いて見せてくれたのが玉婆の「鬼だあ~ッ!」の叫びであり、聖人のご和讃ご製作のおこころではないでしょうか。

 人は、自分の中の<鬼>に気づいてこそ、真に<人間>となるのです。真実の宗教は、そのことを教えて下さいます。

 

犬は犬に育つ

 念仏者で科学者であった京都大学医学部の東昇教授は、かつて、「猫は生まれてすぐ人が育てても猫に育つ。犬は犬に育つ。しかし、人間は人間に生まれても、かならず人間に育つとは決まっていない。今日の学者の定説では、約5000通りの可能性を持って生まれてくる」と発表されました。

 つまり育ち方によって、人間は、鬼にも蛇にもなりうるのです。?世紀初頭、狼に育てられていたのを保護された二人の少女、アマラとカマラは、渾身の教育のもとでも、遂に人間に戻れず、死んでしまいました。

 <育つ>を<教えられる>と言い換えることもできます。

 そして<教えられる>は、理論理屈ではありません。

 東教授は晩年、「科学の話は、ハテナ?ハテナ?と聞く。仏法の話は、ハイ、ソウデゴザイマスカ、ハイ、ソウデゴザイマスカ、と聞くものです」と講話で話されていました。

 「疑い、考えることで進歩はする。しかし、理屈を超えてうなずける世界をこそ、人は希求している」という教授最後のメッセージでありましょう。

 

祖父を投げとばす

 少年の頃、寺の茶の間で話をしていた祖父が、突然、祖母にとびかかって殴ろうとしました。私は、とっさに祖父に後ろから組みつき、小柄な祖父を投げとばしていました。

 祖父は無言で起き上がると、ふりむきもせず茶の間から出て行きました。謝ろうと後を追いましたが、姿が見当たりません。すると本堂の方で音がします。行ってみると、祖父が肩をふるわせ、嗚咽しながら読経をしていました。私はその姿になぜか胸をうたれ、黙って佇んでいました。

 茶の間に戻り、祖母に「何で喧嘩したの?」と訊くと、「お寺のことさ」と。

ふだん仲の良かった祖父母でしたので、喧嘩はショックでしたが、二人とも、いつもお寺のことを思っていたのでしょう。ふと、「祖父のこの悲しみを、無駄にはできない」

 将来、お寺を継ぐことから逃れたがっていた私でしたが、なぜか電撃にうたれたように一瞬、そう思っていました。

 

拝む方向が定まる

 つまり、お寺を継ぐ決心をした私でしたが、動機は、理屈を超えた祖父の嗚咽の後ろ姿でした。その祖父が坐っていたお寺の本堂は、一般のご家庭のお内仏に当たります。

 お内仏は、家庭の中で家族が、同じ方向を向いて合掌礼拝することのできる<聖なる空間>です。その前では、改めて家族の絆が強く結ばれます。拝むという共通の行為により、<一つの方向>が定まることによって。

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