2020年1月のともしび
常照我
撮影 藤末 光紹氏
歩いていくと重い波の音が近づき、光の粒が波に輝いている。海を前にするとそのエネルギーに圧倒され、わたしの小さな姿が明らかになるようだ。
穏やかに包み込むように凪いだ海、たたきつけるように荒れた恐ろしい海。たくさんの川の水をひとつに受け容れる海。聖人は越後での五年間、この海のはたらきを見つめ続けられた。
阿弥陀如来の深くて広い救いのはたらきをあらわす「本願海」に対して、私たちが濁った時代の中で迷い続ける世界「群生海」など、「海」ということばを対照的に聖人は使われた。
しかし、この二種の海は別物ではない。煩悩に振り回される私が、すでに本願のはたらきに包まれていたことに目覚めるとき、群生海は本願海へと転ぜられていくのだ。
(機関紙「ともしび」令和2年1月号 「常照我」より)
御親教
門主 渋谷 真覚
風に揺れる木の葉も彩りを深める中を、本日は御正忌報恩講に、ようこそお参りくださいました。まずは先に発生した多くの災害に遭われました方々に思いを致し、一刻も早く元の生活に戻れられますよう念じております。
親鸞聖人は、比叡山での二十年間、仏と成る道が開けず、苦悩なさっておられました。その苦悩の中で、お念仏は阿弥陀さまからの賜りものとお喜びになる法然上人と出遇われます。その時に、阿弥陀様の喚び声が法然上人のお念仏となって親鸞聖人に響いてきたのです。それは、思ってもみなかった感動でした。そして、法然上人は、どんな身分・どんな境遇であろうと、本願のお念仏に集うものを、皆「仏に成っていく人よ」と誉め讃えておられました。
その思いがけない出遇いと感動を、親鸞聖人は、
真の知識にあうことは
かたきがなかになおかたし
流転輪回のきわなきは
疑情のさわりにしくぞなき
とご和讃にお詠みくださいました。人生を決定づける真のお導きに出遇ってみれば、自分の物差しを振り回して苦悩していた自身の姿が照らし出されてくるのです。
私も、人生のあゆみに深く悩み、自分の居場所を求めながら同じところをぐるぐる回っていたように思います。しかし、私は、父である真承上人から「仏に成っていく人よ」と念じられていたのです。それは、図らずも、父の死という悲しみを通して教えられた感動でした。賜りもののお念仏を拠り所として、自ら立ち上がって歩みなさいと、念じてくださっていたのです。そのように、お互いがお互いを敬いながら、人生を送られたお念仏の先人の歴史の中に、如来の大悲のおはたらきがあり、宗祖のお導きがあり、今日のこの日もあるのです。
私たちもまた、努めて聞法の座に歩みを運び、そこに私の確かな居場所をいただいて、生まれてきてよかったという本当の満足を頂戴してまいりたいと思います。
本日はようこそお参りくださいました。
年頭のご挨拶
宗務総長 佐々木 亮一
真の知識にあうことは
かたきがなかになおかたし
流転輪回のきわなきは
疑情のさわりにしくぞなき
明けましておめでとうございます。新年にあたり謹んで年頭のご挨拶を申し上げます。
冒頭のご和讃は、昨年の御正忌報恩講の御親教の中で、真覚御門主がお引きになられたご和讃であります。このご和讃は、親鸞聖人が法然上人に出遇われ、お詠みになったもので、「真の師に出遇うことは、極めて難しいことです。私たちが流転輪回して迷いから離れられないのは、弥陀の本願を疑う心そのものによるのです」とお教えいただいています。今年も、皆様と共に聞法を深め「お念仏を喜ぶ」暮らしをしてまいりたいと存じます。
さて、私が宗務総長を拝命し早や七度目の正月を迎えました。その間、社会環境は、科学技術の飛躍的な普及に伴う格差社会を背景に、ナショナリズムやポピュリズムに象徴される自国中心主義や大衆迎合主義への傾きを見せています。更に、心の豊かさよりも物の豊かさを追い求める現代社会とあいまって、私たちを取り巻く環境は、益々混迷を深めることが予測されます。弥陀の本願を信じ、お念仏の教えを大切にする私たちの生き方がいよいよ問われてくるのです。
そんな中、本山では令和五(二〇二三)年五月、全国の門信徒の皆様のご参詣のもと、「大悲に生きる人とあう 願いに生きる人となる」の基本理念による宗祖親鸞聖人御誕生八五〇年法要・立教開宗八〇〇年法要・聖徳太子一四〇〇回忌法要・第三十三代真覚門主伝灯奉告法要の四つの法要を「慶讃法会」として厳修いたします。
慶讃法会は、日本に仏教が伝来して以降、み教えを私たちにお届けくださった先人のご苦難を偲び、今を生きる私たちの課題を共有し、未来に向け共に歩むことを確認するものであります。
今年四月からは、真覚御門主が全国の教区または組を巡られ、慶讃法会の趣意を門信徒の皆様にお伝えいただく「全国御巡教」が始まります。皆様には何かとお世話になることでございますが、ご協力くださいますようお願い申し上げます。
また、記念事業として、時代のニーズに対応する施設の整備を昨年から進めておりますが、新・聞法道場「寝殿」の改築、「門信徒研修会館」の改修等は今春完成の予定であります。
門信徒の皆様には物心両面にわたり、ご負担をおかけいたしますが、この勝縁を新しい時代に向けた念仏相続・念仏弘通の第一歩として、ご協力を賜りますようお願い申し上げます。
私たちは、真覚ご門主を先頭に、皆様方と共に、新しい時代を一歩一歩あゆんでまいりたいと存じます。今後とも旧倍のご支援ご協力を賜りますようお願い申し上げ、年頭のご挨拶といたします。
親鸞聖人のことば
「闇」はすなわち世間なり。
『教行信証』「信巻」より(「佛光寺聖典」二四七頁)
【意訳】
闇とは、私たちの価値観でうずまく世間のことである。
法話のあとの何気ない雑談で、耳に入った言葉。「そうは言っても、健康が第一」「そうは言っても、世間に認められ、出世した方がいい」。お話をさせていただいた私は、伝わっていなかったのかと悲しい思いに包まれます。「熱心に話してくれたけど、仏法は仏法、娑婆は娑婆。キレイごとだけでは生きていけない」と仰る方もいて、布教使としてマダマダだと落ち込みます。
そうは言っても
先日、親鸞聖人のご著書を読んでいると、『涅槃経』から引用された「闇はすなわち世間なり」という言葉が目に飛び込み、ドキッとさせられました。
阿弥陀さまの碍げのない光は、闇を破るといわれています。つまり、教えが破る闇は、健康でなければいけない、社会で認められなければいけないといった世間の価値観だと、親鸞聖人は受け止めておられるのです。「そうは言っても」という言葉は、まるで世間の大波。その波に、私たちは簡単に飲み込まれてしまいます。
キレイごとではない
教えによって明らかにされるのは、身の事実です。なぜなら闇が破られて明らかになるのは、世間の価値観に振り回されている私自身と、振り回されていることにも気付いていない私自身だからです。
そもそも教えは、共に聞かせていただくもの。立場の上下も優劣もありません。それなのに、いつの間にか教えを自分が伝えるものにしていたのです。だから、伝え方が至らない、布教使としてマダマダだと、世間の価値観で自分を評価することになった。他でもない私自身が世間の波に飲み込まれ、どっぷりと闇の中。
(機関紙「ともしび」令和2年1月号より)
仏教あれこれ
「急がんでよか」の巻
若い頃、毎月お参りに伺っていた、ひとり暮らしのおばあちゃんを思い出しました。ふと、家の前に行ってみますと、そこはアスファルトで覆われた広い駐車場になっていました。私は、車を降りて仏間があったあたりに佇みました。
おばあちゃんの家は、古い平屋で周りには木々が生い茂っていました。台所の奥に六畳の仏間があり、床の間の南側に仏壇があります。その部屋は年中、雨戸が閉められ真っ暗。空調はなく、夏は暑く冬は冷えます。
夏のお参りは、合掌しただけで汗が滝のように流れます。そんな時に「今日は、ちと涼しかな」と、おばあちゃんは言うのです。私はとても「はい」とは言えなく、うなずくと、畳の上に汗がポタポタと落ちるのでした。
おばあちゃんは、必ず私の後ろに座ります。そして読経が始まると、古びた団扇でゆっくりと私の背中を扇ぐのです。けっして、涼しくなりません。しかしおばあちゃんは、人生の大先輩であり、ご門徒さまです。その方に扇がせるとは、とても申し訳がたちません。そこで、私は読経を早めます。すると後ろから、大きな声で「急がんでよか、急がんでよか」と必ず二度繰り返されるのです。
後ろから、入庫してきた車のクラクションが鳴り、我に返った私は合掌をしてその場を去りました。私の思いとおばあちゃんの思いが交錯する、懐かしい思いを抱けたひと時となりました。
(機関紙「ともしび」令和2年1月号より)