真宗佛光寺派 本山佛光寺

今月のともしび

常照我

撮影 藤末 光紹氏撮影 藤末 光紹氏

 気づけば足もとが見えなくなり、夕闇の深さに驚かされる。
 亡き父が「無明長夜の燈炬」ということばについてよく話していた。思うようにならない人生をさまよう中、お念仏のはたらきがともしびとなって、わたしの姿を照らし出してくれるのだ。だから迷いながらも安心して歩めるようになるのだと。
 若いときには知識を増やしていけば、すべては自分の力で解決できるはずだと思っていた。薄暗い本堂で、本当の意味もわからないまま、ただ父のことばを批判的に聞き流していた。
 気がつけばそのことばが、今の自分に迫ってくる。多くの大切なご縁の世界に生き続けながらも、わたしの人生はわたしひとりのものだと思い込んできた、その思いそのものがわたしの無明の姿だったのだ。

  (機関紙「ともしび」令和元年12月号 「常照我」より)

 

親鸞聖人のことば

外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ、内に虚仮を懐ければなり。

『愚禿鈔』より(「佛光寺聖典」四五〇頁)


【意訳】

 賢くて善い行動をする人のようにみせてはいませんか。私たち人間の内心は常にうそ偽りしかないにもかかわらず。


 母が認知症と診断されて約四年の歳月が過ぎました。この間、薬を服用してはいるものの、認知機能は低下していくばかり。最近では脚力も衰えました。


外面と内面
 夏のある日の出来事です。その日は自宅から二百メートル程離れた所にある美容室でカットをしてもらう予定でした。炎天下ではありましたが、歩いていくことに。一人では危ないので、私と妻がそれぞれに母の腕を抱えて支えました。ちょっとした親孝行気分です。
 美容室までの道のりの最初は、母もほとんど自力で歩いていましたが、途中からは前につんのめるように小走り気味に。
 そして残りもあと少しとなったとき、母の脚が止まったのです。まったく動けなくなり座り込んでしまいました。
 私も妻も力を入れるのですがどうにもなりません。汗だくになり力任せに抱えると、腰は痛むは、腕は痛むは……。とにかく引きずってでも母を美容室に連れて行かなければと必死の思いでした。しかし、はたから見ると、無理やりに運んでいるかのように見えたかもしれません。
 その様子を見た通りがかりの方に「大丈夫ですか?」と声をかけられ、私は一瞬ドキリとしました。もちろんその方は母のことを気づかって「(ご容態は)大丈夫ですか?」と言ってくださったのでしょうが、私の心には「(力任せに荷物のように親を運んでも)大丈夫ですか?」と響いたのでした。

本当の私
 外面は親孝行のように見せていても、その中身はというと何ともお粗末なものだったということが、そのひと言で知らされたのでした。

  (機関紙「ともしび」令和元年12月号より)

 

仏教あれこれ

「だいだ~い」の巻

 最近、私が法務に出かけようとすると、2歳の娘がダダッと駆け寄ってきて、「だいだ~い」とだっこをせがみます。私を行かせまいとするのです。始めは嬉しいのですが、毎回そうなるので、段々めんどくさくなり、気づかれないよう、そぉ~っと出ます。
 すると耳の遠い96歳の祖母が大きな声で「いってらっしゃい!」と言うのです。その声を聞きつけて子どもが必死の形相でダダッとやってきます。
 祖母はリビングにどかっと車椅子で陣取っており、私が外出すると必ず見えるのです。
 今度は祖母に「子どもに分からないようそっと出ますね」と言ってから履物を履くと、「いってらっしゃい!」ダダッ。
 今度は紙に書いて、「子どもに気づかれないよう静かに行きます」。ウンウンと頷く祖母。ニッコリ笑って出ようとすると「いってらっしゃい!」ダダッ。
 なんというコラボレーションでしょう。私は毎回時間を取られイライラ。
 でも……よく考えてみれば、2歳の子に行かないでと泣かれることも、96歳の祖母にいってらっしゃいと見送られることも、今しかないかけがえのない瞬間なのです。
 それを迷惑と感じてしまう私は、かけがえない今の喜びを取りこぼしているのでしょう。
 家族同じ屋根の下に過ごしていても、なかなか同じ心で思い合えない。私という人間の悲しさを思うとともに、今出遇えている喜ぶべき瞬間を、しっかりと受け止めなくてはと思ったことでした。

  (機関紙「ともしび」令和元年12月号より)

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