真宗佛光寺派 本山佛光寺

今月のともしび

常照我

撮影 フォトグラファー 田附 愛美氏撮影 フォトグラファー 田附 愛美氏

 新緑の登山道をひとり歩いていく。小雨の中を自分の呼吸の音とともに歩いていくと、不意に、からみ合った樹の根が道をふさいだ。根は右に左に伸び、石をつかんでいる。
 気軽に踏みつけてはいけないのだ、と思った。なぜそう思ったのだろう。汗が冷えてくる。……それは樹の深いいのちの時間が根っことしてここに露出しているからだろう。
 はるか見上げれば光に透ける美しい青葉。この根から汲み上げられた水があそこまで届いている。……わたしも同じ、一枚の青葉なのだった。深いいのちの歴史が、わたしの所まで届いてきたのだ。わたしを支えているはたらきが、すでにここにある。森の中、量り知れないいのちの世界が、目覚めよという願いとなって喚びかけてきた。

  (機関紙「ともしび」令和元年5月号 「常照我」より)

 

親鸞聖人のことば

大悲倦きこと無くして
常に我を照らしたまえり

『正信偈』より(「佛光寺聖典」二二九頁)


【意訳】

 阿弥陀さまの大悲のお心は、決し見捨てることなく、常に私を照らし続けてくださいます。


日本各地が自然災害にみまわれた昨年。九月に発生した台風二十一号により、私が住むお寺も被害を受けました。


遅きに失す
 台風が過ぎ去った週末。本堂でご法事が勤まりました。法要後、お斎の席で私の前に座ったおじいさんが「ところで、お寺は大丈夫でしたか?」と、たずねられました。私は、よくぞたずねてくださったとばかり、「いや、実は本堂の屋根が……、境内の樹が……、お参り用の車が……」と、猛アピールします。
 しかし、その直後「しまった……」と、気づきました。おじいさんのご自宅は、六月に発生した大阪北部地震の被害を受けておられたのです。地震被害の修繕を終えられたところに台風の襲来。本来なら私から「大丈夫でしたか?」と、たずねるべきでした。
 遅きに失するのを覚悟でたずねると、地震では塀が倒れ、台風では屋根材が飛び、雨漏りしているとのことでした。

照らされ続ける
 一つ一つの災害に驚き、心を痛める私たちですが、やはり以前のことは記憶の片隅に埋もれていってしまいます。現地には、未だ癒えない悲しみを抱える人が確実に存在しているのに。ましてや、自分に少しでも被害が及ぼうものなら、他人のことなどかまっていられない。
 大悲とは、全ての人の苦しみや悲しみに、どこまでも寄り添おうとされる阿弥陀さまのお心です。他人の苦しみや悲しみに寄り添い続けることができない私だからこそ、阿弥陀さまの温かなお心に照らされ、冷たい我が身に気づかされ続けながら歩める道があると、親鸞聖人は顕かにしてくださいます。

  (機関紙「ともしび」令和元年5月号より)

 

仏教あれこれ

「ゴーゴー、アップ」の巻

 東京に「外国人に人気のハンコ屋さん」があります。
 店主のおばあちゃんは、来店したお客さんに「どこの国から来たの」とたずね、その国の言葉で「こんにちは、ありがとう」と声をかけるというのです。レジの上の壁には、忘れないようにと、たくさんの国の名前とあいさつがカタカナで記されていました。
 若い頃、友人と出かけた海外では、乗り換えの空港でぶつかってきた女性から「オー、サライ」と言われ、依頼したツアー会社名が「サライ」だったことから、同行者と思い握手を求めたところ、そばにいた友人が「彼女は、ソーリーって言っているのだよ」と大爆笑。
 そんな私が、なぜか外国の方からよく声をかけられます。とくに京都、烏丸四条の地下鉄の駅。同じ場所に、市営地下鉄線の四条駅と阪急線の烏丸駅が立体に交差しているところです。
 先日もアジア系の女性がスマホを見せながら、上を走る阪急電車に乗りたい、と言うのです。私は指を差し「そこの階段を上がって行くんだ」ということを「ゴーゴー、アップ」と言います。それが、毎回伝わらないので、現地まで同行します。
 「次回こそは」という学習意欲のない私でしたが、「知らない国で、買い物するんだよ。あいさつくらいしてあげたいよ」と言うハンコ屋さんのおばあちゃんのひと言に感銘を受けたのです。
 そうだ、まずあいさつだ。これからは、外国の方がお寺に訪ねてくることもあるだろう。まずは、「こんにちは」と日本語からかな。

  (機関紙「ともしび」令和元年5月号より)

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