真宗佛光寺派 本山佛光寺

今月のともしび

常照我

撮影 フォトグラファー 田附 愛美氏撮影 フォトグラファー 田附 愛美氏

 新緑の季節。草萌え出ずる。その姿に、私たちを重ね合わせた人がいた。親鸞聖人である。著書に、私たちを指して「群萌」と表現した。
 それぞれが独立した草のように見えて、その実、根っこで複雑にからみあう。都合の悪いものだけ引き抜こうと思っても、少し離れたところに生えている大切な草まで一緒に抜けてしまうことがある。まるで、望むと望まざるとにおいて、他者と繋がっている私たちのようだ。
 それだけでなく、群れるということ。多勢の意見に流され、自分を見失う。また群れることで、力を得たと錯覚をおこす。どちらにしても、痛ましい。
 しかし同時に、自らをして「群萌」だと自覚した聖人。私はどうだ。爽やかな風にそよぐ草たちに我が身を思う。

  (機関紙「ともしび」平成30年5月号 「常照我」より)

 

親鸞聖人のことば

念仏のこころをもてるを
染香人にたとえもうすなり。

『尊号真像銘文』(「佛光寺聖典」五〇七頁)


【意訳】

 お念仏の教えをよろこぶ人のことを「染香人」とたとえられています。
 香りが身につきしみ込んでいくと、その香りは周りにも放たれるようになります。
 同様に、阿弥陀さまの智慧のはたらきによって、私たちはおのずと念仏申す身になっているのです。


 家族、ご門徒の皆さん、そしてお友だち。多くの方が違和感を抱き、そして検査の結果「初期の認知症」と診断された母。それから約二年が経ちました。
 症状の進行を抑える薬を飲んではいるものの、徐々に今までできていたことができなくなっているのが現実です。
 なかでも歳を重ねてから始めた囲碁やパソコンは、初期の頃からそのルールや操作方法を忘れ始めていました。
 そして次第に若い頃からしていた茶道や華道。さらには子どもの頃からの生活習慣へと。

お勤めするうしろ姿
 そんなある日、本堂で朝のお勤めをしようとしている母の姿を見たので、そっとのぞいてみました。
 「三誓偈」をお勤めしようとしていたのですが、「がごんちょうせいがん」と始まったものの、その声はかすれて弱々しいもので、途中で止まったり間違えたりと。
 しかし、途切れ途切れではあっても最後までお勤めをしていたのでした。つづいて「なまんだぶ」とお念仏の声が。その姿を見て何か込み上げてくるものがありました。

身につく
 私たちは日々の生活の中でいろいろなことを身につけて生きています。でもそれは本当に身についたものなのか、それとも単に上っ面に貼りつけただけのものなのか。
 母自身のお経やお念仏は、自らの身に深くしみ込んだものとなっていたのだと、お勤めする姿を通して知らされました。
 それと同時に、「それでは、私自身はどうなのか」と、あらためて問われた、ある朝の出来事でした。

  (機関紙「ともしび」平成30年5月号より)

 

仏教あれこれ

「親さま」の巻

 子どもを寝かしつけた妻が、泣いているようです。
 私はどきっとして「何かオレ悪いことをしたかな?」と急いで記憶をたどってみます。妻はテレビの方を向いていて、画面には外国の子どもたちが映っています。
 おそるおそる「どうした?」とたずねてみると、妻はぽつりと「最近だめなの」と言います。黙って待っていると、涙ぐんだ顔で振りかえって「赤ちゃんが生まれてから、子どもたちが不幸になっているのを見ると苦しいの」と。
 戦火の下のつらい生活の中にいる、外国の子どもたちの映像。子どもたちはこちらを見つめています。年齢を重ねるにつれ、よくある遠くのできごとだ、とだんだん感覚がにぶって行くばかりの私です。
 一方、子育て中の妻は、わが子への思いと、テレビの向こうの子どもたちの理不尽な不幸への思いが重なったのか、つらそうに泣いていました。
 私たちの地域では、阿弥陀さまのことを「親さま」とお呼びします。なぜでしょうか。
 無条件で子どもを慈しみ、かけがえのないいのちとして育み、その幸せを深く願うのが親です。あちらこちらに走り回ってはぶつかり、ふらつくこの私をおさめとり、けっして捨てることがない、その親のようなはたらきが、阿弥陀と名づけられているのです。
 子どもは親に対して「育てて下さい」とお願いはしません。ふと気がつくと、すでに親の深い願いの中に生まれ出ています。
 同じように、私たちは「あなたのその深いいのちに眼を覚ましなさい」という阿弥陀さまの大きな願いの中に、すでに生まれ出ていたのです。

  (機関紙「ともしび」平成30年5月号より)

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