2026年8月のともしび

常照我

 盂蘭盆会
 空席のない夕ご飯

 毎年お盆には、何かで見かけた好きな俳句を張り出している。
 地区の墓地では、早朝からおばあさんが入り口の草を刈る。「ご先祖が通るから見苦しゅうないように」が口癖だった。しばらくすると「迎えに来ました」と、誰に言うのではなく墓地に人が来る。お盆が終われば「連れてきました」とまた来る。
 これらは、見かけなくなった風習だ。お盆に、お父さんに連れられた女の子を墓地で見かけた。「お迎えに来たの?」と問うと「お坊さん、あそこにおじいちゃんはいないのよ」と墓を指さし(さと)された。わたしもそう思う。それでもお盆をご縁に亡き人と出会えているように感じ、墓に参ることが増えた。手を合わせると、家族や友人との記憶がふと思い浮かぶから。

通り抜ける見えぬ風も身を通して感じる(大師堂)
写真 佛光寺インスタグラムより

親鸞聖人のことば

無量(むりょう)寿(じゅ)如来(にょらい)帰命(きみょう)
不可思議光(ふかしぎこう)(な)(む)したてまつる。
「正信偈」より
(『佛光寺聖典』二二六頁)
 
【意訳】
限りないいのちの如来に帰命し、思いはかることのできない光の如来に帰依いたします。

 数年前、コロナ(か)のころのことです。当時私はお寺の住職を継ぐことが決まり、しっかりしなければいけない、という気負いからか、息苦しさを感じる日々を過ごしていました。
 そんな中、お寺の本堂は私にとって少し心の落ち着く空間でした。天井の高い木造の本堂で、空気の通りがよかったこともあります。ですがそれだけが理由ではなく、なんだか息のしやすい、開けた空間のように感じられたのです。
 
香炉の裏の名前
 ある夕暮れ時、私は一人内陣の裏で、香炉(こうろ)の灰を袋に移していました。翌日はご門徒の皆さんと仏具のおみがきをする予定で、その準備をしていたのです。香炉を持ち上げて裏を見ると、昔この香炉を寄進された方のお名前が刻まれていました。
 私の知らないお名前で、寄進されたのは、きっと私が生まれるずっと前のことだと思います。
 いったいどんな人なのだろうと、思いをめぐらせてみます。きっとこの方にはこの方だけの人生があり、悩みや喜び、悲しみがあったはずです。
 
思いを超えた世界
 見渡してみれば、この本堂には、名前の刻まれた仏具(ぶつぐ)がたくさんあります。私一人しかいないと思っていた空間には、たくさんの人の生活や歴史が重なっていました。
 一人で気負い、自分の思いに閉じていた私の世界ですが、私を超えて、そこには大きないのちの世界が広がっていました。
 限りないいのちの如来にこの身は抱かれている。本堂が開けた空間のように感じられたのは、その世界が私に届いてきたからです。

仏教あれこれ

「翻訳に込められた願い」の巻
 
 私が大学生の時、研修でアメリカ仏教を学びにカリフォルニア州へ行った時のことです。
 研修の中で、どのようにすれば、海外の人に仏さまの教えが伝わるのだろうかと議論をしました。その中で、経典や仏教書の翻訳(ほんやく)活動は行われているが、本当に伝わっているの?という疑問が出されました。
 それを聞いて、翻訳されるというのは伝えたい人と受け取る人とが通じてはじめて翻訳されたといえるのだと教えられました。
 そして、経典が翻訳されたということは、読んでいる私たちに向けて、どうか仏さまの教えを受け取ってくださいという翻訳者のメッセージがあると気づいたのです。
 つまり今、私たちが読んでいる経典の言葉は、難しい漢字の羅列(られつ)のように見えますが、2500年前に釈尊が説かれた教えを多くの(せん)(だつ)が現代まで残してくださった大切な言葉なのです。
 現代では分かりにくい譬えや表現も出てきます。言葉の意味や漢字の違いに悩まされることもあります。そこで、分からないからと(あきら)めるのではなく、その一つ一つの言葉に問いを持つことが大切なのだと思います。
 すると、経典の言葉を通して、何に気がついて欲しいとお釈迦様は願われたのか。またどのようにすれば、伝わるのかとご苦労された多くの翻訳者の想いが見えてくるのではないでしょうか。
 経典の言葉の意味も大切ですが、そこにある教えの本質というか、翻訳者のこころを尋ねながら学んでいくことが大切なのでしょう。

おときレシピ Vol.105「ししとうの塩昆布炒め」

 なんとなく元気が出ない、食欲が沸かない。何か口にしても、胃がもたれるようですっきりしない。そんなお悩みが増えるこの時期におすすめなのが、ししとう。胃の働きを正常にする効果が期待できる食材のひとつです。
 ただ、たまに辛いのがあるが困ったところです。思いがけず辛いのにあたると、しばらくの間は食べるのをためらいますが、喉元過ぎればなんとやら。あの艷やかな緑色に誘われ、爽やかな苦味をもとめて手を伸ばしてしまいます。それでまた、辛いのを引いたり引かなかったり。
 辛いのにあたってしまって「ハズレだなあ」と嘆いても、少しすれば忘れてしまえるくらいのハズレなら、それも日々の暮らしのスパイスだと思って、旬の苦みを味わいましょう。

ししとう…16本
塩昆布…15g
醤油…小さじ2
味醂…小さじ2
ごま油…小さじ2
ししとうはヘタを取り除き、切り込みを入れる。
フライパンにごま油を入れて、中火で熱し、1 を入れて炒める。
火が通ったら、中火のまま、塩昆布と醤油、味醂を入れて炒める。
全体が馴染んだら盛り付ける。

(ワンポイント)
塩昆布をみじん切りにして使うと味が全体に馴染み、お弁当などに活用できます。

Lorem ipsum dolor sit amet, consectetur adipiscing elit. Ut elit tellus, luctus nec ullamcorper mattis, pulvinar dapibus leo.

Lorem ipsum dolor sit amet, consectetur adipiscing elit. Ut elit tellus, luctus nec ullamcorper mattis, pulvinar dapibus leo.

【監修】青江覚峰
 一九七七年、東京浅草生。浄土真宗東本願寺派緑泉寺住職。
 カリフォルニア州立大学にてMBA取得。料理僧として料理、食育に取り組む。著書に『お寺ごはん』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。NHKをはじめテレビ、新聞などメディア出演も多数。