
葬儀の簡略化について

昨今、ご葬儀の在り方が簡略化の方向で変化しつつあります。その背景には、時間や費用の節約やお付き合いの希薄化という人間関係の問題があるように思います。
しかし一連の葬送の儀式は、亡くなられた方に対する遺族の想いの表れであるとともに、亡くなられた方が仏さまとなられ、遺していかれた親族や縁者への仏法聴聞のご催促でありますので、可能な限り簡略化すべきではないと言えます。

特に通夜式やご葬儀は、亡くなられた方から生前お世話になった方への最後のご挨拶でありますので、それらを略して直葬などは慎むべきであります。
また最近では、遺族の都合に合わせて通夜式を省いたり、葬儀式中に初七日(式中初七日)を勤める葬送形態も見受けられます。
真宗佛光寺派では、簡略化することのない従前からの一連の葬送の儀式を勧めております。

一、臨終勤行(枕経・枕勤め)

一般的に枕経や枕勤めと言われますが、真宗では臨終勤行といいます。実際は、亡くなられてからのお勤めがほとんどですが、本来はまさに亡くなって往かれる御本人が、家族とともに唱和されるものでした。
今まで心の拠り所となってくださった阿弥陀仏に御礼を申し上げ、これからは阿弥陀様のお浄土に生まれさせていただくよろこびの気持ちをお勤めに込められたのでした。ご本人様がお勤めされるのは、かなり大変なことですので僧侶がそのお手伝いをさせていただきます。また亡くなったとのお報せのあとには僧侶が臨終勤行のお勤めをいたしますが、これは亡くなった方に成り代わってお勤めをさせていただいております。
一、通夜勤行

お通夜とは、ご家族が、夜通しご遺体と一晩を過ごし、お守をさせていただく大切な時間です。夜伽(よとぎ)ともいいます。亡くなってしまった方ではありますが、いま生前と同じように時を同じくして、亡くなられた方を顧みながら遺された者にお示しくださっている身の事実をお聞かせいただく大切な聞法の場であります。その中で、私もやがては死ぬという無常の身を生きている事実と、平素気にも留めなかった不思議ないのちを今生きているのだと気づかされるのであります。
一、ご葬儀

世間ではよく葬儀・告別式という言い方がなされます。しかし真宗では、葬儀式であって告別式とは言いません。別れを告げるのではなく葬儀式は亡くなった方をあらたに誕生された仏さまとして教えを聞かせていただく大切な聞法の場です。
お念仏を申す中で仏さまとなられた方と出あい、私も娑婆の縁が尽きれば必ずお浄土にお参りをさせていただき、すでに浄土で待っていてくださる方と倶会一処の契りを結ばせていただく大切なお仏事であります。
一、中陰勤行

初七日(一・七日)から満中陰(七・七日)までのお勤めを言います。
他宗において中陰は、亡くなった後、四十九日を経て次の生が定まるまでの重要な期間と考えられ、供養することで故人を安らかに導くことと考えられています。
しかし真宗では、お念仏の行人は、亡くなれば阿弥陀如来のはたらきによって、中陰の期間を俟たず瞬時に浄土に往生し、仏となると説きます。
では、なぜ中陰のお勤めをするのかといいますと、亡くなられた方をご縁に仏法を聞くためであり、その中で、いのちの無常を受けとめ、自分のいのちの不思議さに目覚めさせていただくために行います。
中陰とは、亡くなって往かれた方が遺していった者に対して、わがいのちに目覚めて欲しいという願いをもって聞法の場を与えてくださり、仏法聴聞を促してくださる大切な仏事であります。
したがいまして、中陰が三か月にまたがる場合、三十五日(五・七日)で切り上げる宗派もありますが、真宗ではいたしません。
日常生活の諸事情もあるかと思いますが、七日、七日の中陰のお仏事を勤めていただきたいものです。


PCでPDFが閲覧できない方は、こちらから Adobe Acrobat Reader のダウンロードをお試しください。
