2026年5月のともしび

常照我

先日、言語(げんご)聴覚士(げんごちょうかくし)(ちょうかくし)の方にお話を聞く機会があった。老化で難聴になるのは、耳の中にある細胞が壊れていくことが原因だという。症状を我慢すると脳に言語が伝わらなくなり、認知症になりやすく、自覚があれば診察を受けることを勧められた。わたしは思い当たることがあり、家族に話してみた。すると「都合の良い話は小さな声でも聞き取るが、そうでないことは大きな声でも聞こえていない」と指摘された。わたしの悪い所は、耳ではなかったようだ。
親鸞聖人は、わたしに向けられている仏の願いを聞き続けることが仏教だとお示しされた。
なぜなら、わたしが自分を常に正しいと思いこんでいるからだ。聞こえの悪さの原因を、老化だと決めつけていたわたしに聞こえてきたのは、家族を通して届いた仏の声だったと思った。

新緑の恩恵を受ける(南書院と中庭)
撮影 滋賀県正覚寺住職
杲 恵順さん

親鸞聖人のことば

生死(しょうじ)(しょうじ)(く)海(くかい)(かい)ほとりなし
ひさしくしずめるわれらをば
弥陀(みだ)(ぐ)誓(みだぐぜい)(ぜい)のふねのみぞ
のせてかならずわたしける
 
「高僧和讃」より       
(『佛光寺聖典』六〇四頁)
 
【意訳】
私たちの迷いの海は果てしなく続いています。その苦しみの海にずっと沈み続ける私たちを、阿弥陀如来の本願の船だけが、必ず救い取ってお浄土に渡してくださるのです。

妻が亡くなってだいぶ経たちますが、くり返し思い出される場面があります。

突然の発病
その日の朝起きると、家の中が妙に静かでした。前日に夫婦げんかをしたので、不安な気持ちで二階から降りていくと、妻が台所の床に倒れて身をよじっていました。気が動転(どうてん)して駆けよると「痛い、痛い」と振り絞るような声です。(あわ)てて救急車を呼びました。
病院で痛み止めの点滴をしてもらって少し妻の症状が治まってくると、お医者さんが深刻な顔で「血液検査の結果、おそらく……」と病気の名前を告げ、そのまま入院になりました。
翌朝、入院道具を抱えて暗い思いのまま病室に入ると、ベッドの上の妻が言いました。
「おとうさん、私やさしくなかったね」呆然(ぼうぜん)として、涙がこみ上げてきました。つまらないことで妻に文句を言ってはけんかになり、絶対自分の方が正しいと曲げなかったのは私の方です。「オレが、ずっと悪かった。オレが怒ってばっかりで……」うまくことばになりません。

退院した妻のことば
数ヶ月して、ようやく退院になりました。その頃、妻が言ったことばが忘れられません。
「病気の再発が心配だけど、いつ死ぬかわからない命を生きているのはみんな一緒だよね」「以前ご法話でお聞きした、当たり前と思っていたことが、有り難いと気づかされる、ということばに、今は深く(うなず)ける。みんなと一緒に暮らしてきた日々が、とても大切に思えてる」今でも私に問いかけてくる、妻の表情とことばが、たくさんあるのです。

仏教あれこれ

「新品に買い替え!…」の巻
 
築三十年以上経つ我が家。これまで風雪や地震に耐えてきてくれました。しかし、一昨年にエアコンが故障。昨年には台所の蛇口から水漏れが。各部屋のドアノブの調子も一斉に悪くなり出します。新築から年月が経ち、住まい全体にメンテナンスの時期が来ているなぁと家族と話していた、そんな矢先。十一月下のある晩、今度はお風呂のリモコンパネルにエラー表示が。給湯器の不調で突然お湯が出なくなりした。よりによってこんな寒い時季にと思いながら、修理依頼の電話。調べてもらうと給湯器は二十年近く前のもので、修理は難しく、新しくした方がいいのこと。しかも取り付け工事は十二月中旬になるというのです。

それからは毎日給湯器のご機嫌をうかがうことになりました。完全に壊れているわけではなく、調子のいい時にはお湯が出ることもあり、しばらくするとまた出なくなるという繰り返し。ダメな日は仕方なく近くの銭湯へという日々です。明日ようやく工事日という前夜。恐る恐るお風呂の給湯ボタンを押すとお湯が出てくれました。子どもと一緒にお風呂に入りながら、「今日は最後にお湯が出てくれてよかった。もう明日からは大丈夫や」と話していると、七歳の次男が「さびしい」とひと言。「ぼくが生まれてからずっとお湯を出してくれてたのに、明日お別れするのは嫌や」というのです。高くはついたけれども、明日から新しい給湯器で安心してお風呂に入れると、ウキウキしていた私は、それを聞いて、湯ぶねで黙り込んでしまいました。

おときレシピ Vol.103「枝豆の豆腐焼き

暖かくなってくると、スーパーに並ぶ食材も変わってきます。個人的には、山菜やアスパラが出始めると冬の終わりを感じ、枝豆が並ぶのを見て夏の始まりを感じます。
何度か枝豆の収穫をお手伝いさせていただいことがあります。あちこちに収穫した枝豆が山のように積み上がり、その一本一本に数え切れないほどのさやが実っている様子は、なかなかのものでした。
さて、シンプルな塩ゆで以外に、たくさんの枝豆を使って料理したいときのおすすめが「枝豆の豆腐焼き」です。簡単に言えば、豆腐の入った枝豆のお好み焼きのようなものです。豆腐と山芋でベースを作り、具を入れたらつなぎで粉を入れ、後は油で揚げるだけ。いつもお寺で作っている(ひ)龍頭(りゅうず)(ひろうす・がんもどき)とほとんど同じ作り方ですが、材料のバランスや火の入れ方を少し変えるだけで、まるで別の料理になるので面白いものです。
私たちも人間も同じですね。生物としてのヒトなんて、誰も彼も似たような大きさ、似たような姿形。人間同士だからお互いを別人と認識できますが、私たちが他の動物の個体を識別するのが難しいように、他の生物から見たら、人間の違いなんてわからないかもしれません。
けれど、どんなに同じように見えても、少しでも違いがあれば、それはやはり別人、別物です。ほんの少しの違いでどんな料理になるのか、楽しんで味わってください。

絹ごし豆腐…1/2丁(150g)
枝豆(剥いた状態で)…100g
【 A 】
小麦粉…大さじ2
片栗粉…大さじ2
すりおろした山芋…50g
塩…小さじ1/2
こしょう…少々
サラダ油…100ml
* 事前に豆腐は水切りをし、枝豆は茹でて皮から外しておく
ボウルに豆腐を入れ、ヘラなどで丁寧に潰す。その後Aを入れてさらに混ぜ合わせる。
枝豆を加え混ぜる
フライパンに油をひき、中火にかける。1分して温まったら2のたねを食べやすい大きさにして入れ、揚げ焼きにしていく。
1分経ったらひっくり返し、両面がこんがりとしたら盛り付ける。

(ワンポイント)
好みで醤油をかけたり薬味を載せても構いません。

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【監修】青江覚峰
 一九七七年、東京浅草生。浄土真宗東本願寺派緑泉寺住職。
 カリフォルニア州立大学にてMBA取得。料理僧として料理、食育に取り組む。著書に『お寺ごはん』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。NHKをはじめテレビ、新聞などメディア出演も多数。