2022年10月のともしび

常照我

 プゥゥゥーン。エアコンなしで寝られるようになった十月、耳元で不快な音が。電気をつけ、季節外れの一匹を探すも見つからない。翌朝、刺された足の甲の痒みに顔をしかめた。
 日本には約百種類の蚊が生息するという。そのなか、人間の血を吸うのが二十種類。それも、多くのたんぱく質を必要とする産卵前のメスのみであり、血を吸うのは一生で一、二回だけ。
 この痒みは、季節を逃した一匹の蚊が、一生の最後にその命をつなごうとする営みの結果なのだ。普段、人間以外の命をただ消費するだけの私が、唯一、身を呈して他の命のために貢献できることなのかもしれない。
 そう頭では理解したのだが、プゥゥゥーンという不快な音に、思わず手が出でしまうのである。少しも悼むことなく。
  (機関紙「ともしび」令和4年10月号 「常照我」より)

「天弓」 撮影 西表島ウォーターマン 徳岡大之さん

親鸞聖人のことば

故法然上人は、
浄土宗の人は愚者になりて
往生すとそうらいしことを、
たしかにうけたまわりそうらいし

『親鸞聖人御消息集 上』より(「佛光寺聖典」七二七頁)

【意訳】
 法然上人が「浄土宗の人は自分の愚かな姿を深く自覚し、そのままで往生していく身となるのだ」とおっしゃったことを、わたし(親鸞)は確かにうけたまわりました。

 緊急入院した友だちの手術がうまくいったと聞き、しばらくしてから電話をかけました。

入院して気づいたこと
 「いやあ、リハビリがつらくて大変だあ」と変わらぬ元気な声ですが、スマホの画面には、頬のこけた顔が映ります。
 それとなく力づけようと考えていると、彼のほうから話し始めました。
 「家族がすごく心配してくれてなあ。妻は毎日電話をくれるし、子どもたちは手紙も書いてくれる。うれしいけど、何か恥ずかしくて申し訳なくて……」
 いつもは強気な語り口の彼がしんみりと話します。
 「ベッドで横になってると、いろいろなことを思い出すよ。妻の小さな失敗をグチグチ責めたり、毎日子どもたちを大声で怒ったりしてた。みんながおれの顔色を気にしてるなと思いながらも、自分はいつも正しいと思ってた。今そんな自分が情けなく思えてなあ」
断捨離できない
 「こっちも似たようなもんだよ」と軽く応えながら、自分のことを言われているような冷や汗が出てきます。先日もトイレ掃除の仕方で、妻に余分なひとことを言ってしまい、険悪になりかけたところです。
 彼がスマホの画面の中で、うつむいて静かに言いました。
 「今までの自分の姿をなしにしたいけど、人生は断捨離できないしなあ……。こんな自分を心配してみんなが泣いてくれた。少しずつ回復してきたのを、心から喜んでくれてる。あらためて、これから大切な家族と向き合っていくよ」
 入院中の彼を元気づけようと電話をした自分に、彼のことばが深くしみ通ってきました。
  (機関紙「ともしび」令和4年10月号より)

仏教あれこれ

「諸行無常」の巻
 すべてのものは常に変化していく、変わらずにとどまるものはない、ということを表す「諸行無常」。どうも『平家物語』の平家の没落というイメージに引っ張られてしまうのか、栄光から没落、何をやってもいつかは潰えてしまうのだ、というネガティブな印象があります。
 いやむしろ、やっても何も変わらない、という状況のほうがもっと、私たちはむなしいと感じるでしょう。
 何かをやったら必ず望んだ通りの結果が得られるということはありませんが、望んだ結果とは違っていたとしても、やっただけの変化は起きるのです。
 勤務先で、新卒の若い社員と接する機会があります。社会人になりたてで、まだまだできないことだらけ、あれもこれも習得しなくては!という焦りに翻弄される若手もいます。
 自分を振り返ると、若い頃は、自分はこれしかできない、今できないことはこの先もずっとできない、あれもこれも身につけるなんて無理、とガチガチに構えていました。そんな堅物だったので、新卒での就職活動は見事に失敗。それでも完全無職というわけにはいかないだろうと、なんとなく入ったアルバイト先で、何故かアルバイト募集に出ていた仕事内容とは異なる部門で働くことに。そして気がついたら、曲がりなりにもその分野の一人前(?)に変身。不思議なご縁です。
 ダメ、きっと無理、どうせ変わらない、いや変わりたくない、という思いにとらわれそうになったら、「変わらないものなんてないし、変わってきたから今があるのだ」と、気持ちの軌道修正を心がけています。
  (機関紙「ともしび」令和4年10月号より)

おときレシピ Vol.67「石川芋のオランダ煮」

 今回のお料理は石川芋のオランダ煮です。
 オランダ煮とは、食材を油で揚げたり炒めたりした後に、醤油、みりん、などの調味料で煮て味を付けた料理です。唐辛子を加えて煮ることも多く、甘辛い味付けが特徴です。油で揚げてから煮ると食材の外側と内側とで異なった食感や、噛みしめたときにあふれる出汁が楽しめます。
 この料理は江戸時代、長崎のじまに降り立ったオランダ人から伝わったものとも言われています。
 当時、日本にやってきたオランダ人はどんな気持ちだったでしょうか。飛行機も電話もネットもない時代です。国に戻れる保証だってありません。二度と家族に会えないかもしれません。
 それでも日本にたどり着いた彼らが、異文化の中でどうにかして自分たちの口に合う料理を作ってみたのでしょう。どんなところかも分からない日本にやってきて、なんとか日々を健やかに、充実して送りたいと工夫して生まれたもの。それがオランダ煮という名前で今に残っているのです。
 そう考えると、料理一つとっても壮大なご縁の中で暮らしていることをしみじみと感じられますね。

石川芋…8個
【 A 】
昆布出汁…1/2カップ
醤油…大さじ1
砂糖…大さじ1
唐辛子…1本
石川芋の皮をむき、水に晒す。5分ほどしたらキッチンペーパーでよく水気を拭き取る。
たっぷりの油を180度に熱し、芋を5分ほどげする。
鍋にAを入れ、火にかける。ひと煮立ちしたら2を加え、弱火で5分煮る。火を止め、そのまま冷ます。

(ワンポイント)
 写真では生の青唐辛子と赤唐辛子を使っております。辛さはお好みで調整をしてください。

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【監修】青江覚峰
 一九七七年、東京浅草生。浄土真宗東本願寺派緑泉寺住職。
 カリフォルニア州立大学にてMBA取得。料理僧として料理、食育に取り組む。著書に『お寺ごはん』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。NHKをはじめテレビ、新聞などメディア出演も多数。