常照我
 ようやく雨が上がって湖畔に車を停めると、雲間から日の光が美しく水面に降り注いで来た。気持ちよく深呼吸をしていると、初めて仏教を学んだときの恩師のことばを思い出した。
 「曇りや雨の日のお日様を忘れていませんか?」
 その時どういう意味か分からずあっけにとられた。曇りや雨の日にお日様は見えないから。
 先生は次にこう続けられた。
 「どんなに天気の悪い日でもみんな外を歩いているのは、お日様の光が雲を突き抜けて地上に届いているからでしょう」
 それまで考えもしなかったことだった。
 「たとえあなたが気づいていなくても、いつもあなたを支えているはたらきがあります。その深い世界に眼を覚まそう」
 先生の静かなことばだった。
  (機関紙「ともしび」令和元年11月号 「常照我」より)

親鸞聖人のことば
生死の苦海ほとりなし
ひさしくしずめるわれらをば
弥陀弘誓のふねのみぞ
のせてかならずわたしける
『高僧和讃』「龍樹讃」より(「佛光寺聖典」六〇四頁)
【意訳】
 人生は、苦しみや悲しみの絶えないほとりなき海のようで、そうした中に沈みゆく私たちを、阿弥陀如来の願船は、乗せてかならず浄土に渡してくださるのです。
「生死(せいし)の境をさまよう…」
 テレビのニュースなどで、よく聞く言葉のひとつですが、仏教の上からいうと「せいし」ではなく「しょうじ」と読み、「生」と「死」は切り離せないものと説きます。
 テレビを見ていると、いつまでも若々しくという化粧品のCMや、いつまでも元気でいられるような健康補助食品のCMが流れています。
 その一方で、今まではあまり見られなかった葬祭業者のCMも、テレビから流れてくるようになりました。
 私たちは、この世に産声を上げた時から「死」をまる抱えで生きていきます。
 しかし、「生」をうけ「死」に向かって一直線では、あまりにも悲しいことではないでしょうか。
どこに向かうのか
 私たちは、年はとりたくない、病気になりたくない、死にたくない…と、そのくり返しの中でもがき苦み、目先のごまかしに酔いしれ沈んでいるのではないでしょうか。
 そうした苦海に沈む私を救わずにはおないという阿弥陀如来の願船。
 あれこれと我執にとらわれ、思い、悩み、怒り、悲しまねばならない苦海をわたす船の向かう先は「死」ではなく、私の思いを超えて、その苦しみの根っこを明らかにする浄土です。
 浄土は決して死後の世界だけをいうのではなく、今を生きる私のあり方を問い返すはたらきです。
 阿弥陀如来が「のせてかならずわたしける」と誓ってくださった浄土を願う生活は、そのまま娑婆を生きる力となります。
  (機関紙「ともしび」令和元年11月号より)
仏教あれこれ
「喉もと過ぎれば」の巻
 数年前、サッカーの練習中、右ひざのじん帯を断裂しました。病院での処置後、右足は完全に固定されました。人生初の松葉杖生活です。
 ケガをして三日後、はずせない用事があり、仕方なく慣れない松葉杖を使い、電車で向かうことにしました。最寄り駅に着きましたが、ケガをして初めて気づくことがあります。ホームは二階。いつも使う改札には階段しか無かったのです。仕方なく百メートルほど離れた別の改札へ。エレベーターを使い、何とか電車に乗り込みました。
 車内は満席です。そして、右足は痛みます。「誰か席を譲ってくれんかな……」。すると、見かねたおばさんが、「にいちゃん、ここ座り」。本当に有難くて、少し泣きそうです。
 大阪に着きました。ここからが難関です。常に多くの人が行き交う地下街を抜け、電車を乗り換えなければなりません。人ごみの中を進みますが、流れに乗れない私の後ろで、人が詰まっているのを背中に感じます。先を急ぐ人が私を追い抜きざまに振り返り、チラッと一瞥します。「誰や、急いでんのに!」心の声が聞こえます。今度は、情けなくて泣きそうです。
 ケガをして初めて気づく、人の苦労や気持ちがあります。しかし、ケガの治った今、もし急ぐ先が詰まっていれば、追い抜きざまにチラッと一瞥してしまいかねない私がいます。本当に「喉もと過ぎればなんとやら……」な、私なのです。
  (機関紙「ともしび」令和元年11月号より)
おときレシピ Vol.38「抹茶パウンドケーキ」

 今回ご紹介するのは豆乳でつくったパウンドケーキです。甘くて美味しいお菓子を口にすると、心の凝りがふわりと解けていくような気持ちになりますね。お菓子は人が生きていくのに絶対必要なものではありません。一方で、それがあるからこそ、人生に潤いを与える不思議な力を持っています。
 私たちの暮らしには、このお菓子に似た不思議な力を持ったものがたくさんあります。趣味、おしゃれ、おしゃべり等々。これらは気持ちをうきうきさせてくれる楽しいもの。ただ、夢中になりすぎると肝心なことが疎かになってしまうこともあります。
 心を豊かに穏やかにするものだからこそ、適度に楽しくいただいていきたいですね。
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(ワンポイント)
 甘納豆にこだわることなく、黒豆や栗の甘露煮などでも。
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【監修】青江覚峰
 一九七七年、東京浅草生。浄土真宗東本願寺派緑泉寺住職。
 カリフォルニア州立大学にてMBA取得。料理僧として料理、食育に取り組む。著書に『お寺ごはん』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。NHKをはじめテレビ、新聞などメディア出演も多数。

 
			