2021年10月のともしび

常照我

 「健全な精神は健全な肉体に宿る」。この格言を聞かれた方は多いけれど、実は誤訳の文だと知る方は少ないと思います。
 また、格言であるのに、健全な肉体の持ち主でなければ健全な精神ではないという、明らかに変でおかしな内容となっています。病気や障がいのある方で、この格言に苦しみ悩まれた方も少なくないのではと察します。
 言葉の暴力性については最初期の仏典に「口の中には斧が生じている」と書かれています。たとい「健全」という感じのいい言葉でも、使い方次第では心を切り裂く斧になり得ます。
 本来、そんな注意を払うべき言葉が、最近は少し荒れていると感じることはありませんか。
 新型コロナは本当に怖いです。でも、心までは感染せず、「健全」な心でいたいです。
  (機関紙「ともしび」令和3年10月号 「常照我」より)

数年に一度の朝焼け」 撮影 西表島ウォーターマン 徳岡大之さん

親鸞聖人のことば

つねにというは、たえぬこころなり。
おりにしたごうて、
ときどきもねがえというなり。

『一念多念文意』より(「佛光寺聖典」五三三頁)

【意訳】
 「つねに」というのは、絶えないという意味ですが、折にふれ、その時々に浄土を願いなさい、ということです。

 「中陰のお参りは結構です。満中陰の法要も勤めたくありません」。連れ合いを突然亡くされたおばあさんが、ご葬儀の直後に言われた言葉です。

苦しい日々
 ご夫婦の晩年の生活は、喧嘩の絶えない日々だったようです。特に最後の数か月は、顔を合わせれば罵り合い、「何度、家を飛び出そうと思ったことか、それをあの人は突然あっけなく。あの苦しかった日々を思うと、中陰をお勤めする気になれないです」と言われます。私は「分かりました。何かあればいつでも連絡ください」と答えるしかできませんでした。
 十日程たって、お寺におばあさんから電話がありました。「やっぱり中陰のお勤めをお願いします」と。翌日ご自宅へ伺い、お勤めの後、気が変わられた理由をたずねました。
安らぎを願う
 ご葬儀直後は、まだ怒っている気がして、ご遺影を見るのもいやだったといいます。中陰壇のご遺影を見ると、確かに怒った様子でこちらを見据えるお顔がありました。
 しかしある時こう思ったそうです。「私はあの人にどんな顔を向けてたんやろう」と。そして「たぶん、あの人は最期までこの家で安らぐことはなかったと思う……。それが申し訳なくて」と涙をこぼされました。
 お互いの心が怒りや苦しさで満たされる時、私たちは傷つけ合い、隣にいる大切な人の気持ちさえおもいはかることができなくなってしまいます。
 しかし、たとえ憎み合おうとも、共にお念仏を称える中で、折にふれ安らかな浄土の光に照らされ、その時々に安らかな世界を願ってほしいと、親鸞聖人は伝えてくださるのです。
  (機関紙「ともしび」令和3年10月号より)

仏教あれこれ

「ウォーキング」の巻
 週に二回ほどウォーキングをしています。久しぶりに受けた人間ドックで悪玉コレステロールなどの値が高く、ほかにも赤い数字がいくつかありました。体重も増えて、家族みんなから「歩いた方がいい」と言われたからです。
 まずは形から。新しいトレーニングウェアにシューズで近所を歩いていると、顔見知りの方から「どうしました?」と声をかけられます。歩くことになった経緯の説明をしていると、その間はウォーキングはストップ。そんなことが続いて、わざわざ車で遠くまで出かけるようになりました。
 ちょうど一周二キロの公園を見つけ、そこで歩くことにしました。春は一面の菜の花と桜、夏はヒマワリ、秋はコスモス。冬には白鳥が飛来する美しいところです。車や自転車は入れないので、大勢の人が歩いたり走ったりしています。
 長年の運動不足のせいで、はじめは一周するだけであちこち痛くなり汗だくでしたが、だんだんと二周くらいは楽に歩けるようになりました。
 気持ちよく風に吹かれて無心で歩ければいいのですが、余裕が出てくると今度は余計なことを考えはじめます。
 自分と反対回りで歩いてくる人が全く避けようとしないと、おいおい普通は左回りだろう、こっちから避けたくないなあ、とか。カップルや親子づれが道の真ん中を歩いていると、もっと端を歩いてよ、とか。ペットのリードはそんなに長くしないでよ、歩きにくいなあ……。
 少しは体調がよくなった気がしますが、わたしの心は迷い続けて不調のままです。
  (機関紙「ともしび」令和3年10月号より)

おときレシピ Vol.57「豚汁もどき」

 おには様々な種類があります。
 昨今のこの状況でなかなか遠出も叶いませんが、以前は旅行に行くと、その地域特有のお麩を探し求めるのが常でした。北陸や新潟ではくるま、滋賀に行けばちょう、京都ならなまといった具合です。原材料はそれほど変わるものではないのに、それぞれに個性豊かな見た目で、料理してみれば実に食感も多様で心を踊らせたものでした。
 さて、今回ご紹介する仙台のはその名の通り揚げてあるため、非常にコクがあり満腹感が得られます。まるでお肉をむようなもっちりとした食感も特徴。それをいかし、今回は豚汁もどきの豚肉の代わりに使いました。
 少し気が早いようですがこれから来る寒い季節に向けて、レパートリーの一つに加えてみてはいかがでしょうか。

仙台麩…3個
里芋…2個
にんじん…30g
大根…32g
しめじ…20g
こんにゃく…20g
ごぼう…10g
絹ごし豆腐…1/4丁
さやえんどう…1枚
昆布だし…2カップ
味噌…大さじ2
仙台麩は、ぬるま湯に10分ほど浸け、戻しておく。柔らかくなったら食べやすい大きさに切る。
里芋はよく洗って皮をむき、めんりをする。にんじん、大根は皮をむいていちょう切りにする。しめじは石づきを切り落としておく。こんにゃくは短冊切りに、ごぼうはスライスする。豆腐は大きめのさいの目切りにする。さやえんどうはすじをとり、したでをする。
鍋にだしを入れ中火にかけ、根菜を入れる。沸騰したら弱火にし、こんにゃくとしめじを加え、10分ほど煮る。
里芋に火が通ったら、豆腐と仙台麩を入れ、味噌をき入れ、火を止める。
器に盛り、さやえんどうを飾る。

(ワンポイント)
 仙台麩が手に入らなければ他のお麩を使っていただいても構いません。

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【監修】青江覚峰
 一九七七年、東京浅草生。浄土真宗東本願寺派緑泉寺住職。
 カリフォルニア州立大学にてMBA取得。料理僧として料理、食育に取り組む。著書に『お寺ごはん』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。NHKをはじめテレビ、新聞などメディア出演も多数。